5.男のジェラシー、男のプライド
涼が入院して、そろそろ1ヶ月が過ぎようとしていた――。 彼女の回復は思いのほか早く、退院も間近になっていた。
加藤と山本はヒマを見つけては病院に通い、わずかな時間ではあったが、訓練中の自慢話や失敗話をしては帰って行った。
二人は看護師達のちょっとしたアイドルになっていた。
その日、涼の病室を訪れた加藤は鼻息も荒く、いつになく興奮気味だった。 山本は涼の顔を見るなり、困ったもんだ――という顔をして、肩をすくめてみせた。
なんでも戦闘科の連中が、今週から加藤ら飛行科の訓練に合流することになったのだという。その中に『古代進』という男がいて、なんとその操縦テクニックは加藤や山本と肩を並べるほどのものだった。その上、さすが戦闘科だけあって、戦闘シミュレーションでは、二人を含めた飛行科の連中を遥かに凌駕し、軽く最高得点を挙げてしまった――というのである。
後で聞けば、学科の成績も優秀で、秀才で既に名の通っている航行科の島という男と1、2を争う――というではないか。
「要するに、そのヒト、戦闘においちゃ、テクニックもセンスも抜群――ってことなのね。」
涼の言葉は、火に油を注ぐこととなり、加藤は鼻を膨らませ、声を荒げた。
「るせえな!くっそう!!飛行科のエースはオレだ!噂の新型戦闘機にはオレが乗ることになってんだ!あんな野郎に、あんな野郎に、ソイツをむざむざ渡してたまるかよ!大体――」
興奮する加藤の言葉を遮って、畳み掛けるように涼が言った。
「でも飛行テクニックだけじゃ、ダメなんじゃないの。戦闘には総合的なセンスがやっぱり必要だと思うけど。訓練じゃなく実戦だったら――」
ド素人の涼に口を出された加藤は、怒るどころか今度は言葉を失い、ガックリと肩を落とした。
「わかってんだ……。俺が認めざるを得ないくらい、ヤツの腕前は超一流なんだってこと。正直、かなわねえと思ったよ。ヤツは天才だ。」 「そうかな。そのヒトもそれなりに努力してると思うけどな。山本さんはどうなの?山本さんだって飛行科じゃあ、さぶちゃんとは甲乙つけがたいくらいの腕前なんでしょ。」
涼はヘコみきった加藤から冷静な山本に視線を移して尋ねた。
「ああ。確かに飛行テクニックじゃ俺も加藤に負けないつもりさ。けど、いざ戦闘――となったら、俺には古代ってヤツほどの機動力はねえな。何よりあの男は咄嗟の判断力に優れてる。そのことに関して言えば、悔しいが確かにヤツは天才だよ。はっきりと力の差を見せつけられちまった。ただ――よくはわかんねえんだけど……。ヤツの操縦は確かに一流だと言えるが、少し荒くて、なんだか余裕がねえんだ。操縦テクニックに関しては加藤の方が、やっぱり上だと俺は思う。」
山本は加藤とは対照的に、冷静に古代という男を観察・分析していたようだった。
「けどよ……。」
加藤は口を尖らす。
「なんだよ加藤。ずいぶんと弱気じゃねえかよ。」
山本は、あまりに不甲斐ない加藤に、だんだん苛立ち始めた。
「なんたってヤツは、学校を主席で卒業して、今じゃ第一線で活躍してる、あの『古代守』の弟なんだぜ。」
山本の目つきが、だんだん鋭くなってくる。
「だからどうだっつんだよ。らしくねえじゃねえか、加藤。ヤツは古代守じゃねえ。それに戦闘機のパイロットになるわけでもねえ。ヤツが目指すのは戦闘のテクニシャンだ。」 「けど――」
ウジウジと情けない加藤の姿に、山本は赤くなったり青くなったりしていた。涼を気遣って歯を食いしばり、なんとか気持ちを抑えていた山本だったが、ついにキレた――。
「泣き言なんざ聞きたかねえ!俺達は操縦桿を握ることしか脳がねえからな。ガタガタほざいてねえで、今まで以上にテクニックを磨くしかねえんだよ!」 「や……まもと。」
加藤は山本の剣幕に言葉を失った。
「悪いな、涼。俺、帰るわ。」
山本は病室から出ていった。
加藤は無言で山本の背中を見送ると、パイプ椅子に、どさり――と腰を下ろして、うつむいた。
「やられちゃったね。さぶちゃん。」
加藤は下を向いたまま、涼の顔も見られず、ぼそぼそと答える。
「ああ。なんか……すげえみっともないとこ見せちまったな、俺。へっ。なさけね……。カッコ悪いよなあ、男のジェラシーなんてよお。ははっ……。」 「山本さんもパイロットとしては、かなり自信を持ってたみたいだから、オモテに出さないだけでホントは、さぶちゃん同様、すごく悔しいんじゃないのかな。山本さん、さぶちゃんに負けないくらいプライド高いヒトだと思うし。なんだか、さぶちゃんに――っていうより自分に言い聞かせてるって気がしたけど。」 「……。」
加藤は何も答えず、ただ黙って拳をきつく握りしめるだけだった。 そして長く重い沈黙――。
涼は、しょんぼりと元気のない加藤を見ているのが辛くなった。 しばらく黙って何かを考えていたが、思い切って声をかける。
「あのね。初めてあんたら二人の飛行を見た時、私、惚れ惚れしたんだよね。空いっぱい、縦横無尽に、のびのび気持ちよさそうに飛んでた……。あの時、ショウタはきっと、あんな飛行機乗りになりたいんじゃないのかな、って思ったんだ。うまく言えないんだけど、さぶちゃんにはさぶちゃんの、山本さんには山本さんの飛び方があるんじゃないかな。」
加藤のゲジゲジの眉毛と肩が、ぴくり、と上がった。 それからゆっくり顔を上げると、涼を見た。
余計なことを言ってしまったか――と涼の表情が強張る。
しかし加藤は、にかっ、と笑って見せた。
「へ。ナマ言ってんじゃねえぞ、くらぁ。オレを誰だと思ってんのヨ!」
いつもの加藤三郎だった。
「見舞いに来といてグチったり、ケンカしちまったりして悪かったな。」 「いいよ。退屈してたし――」
涼は悪戯っぽく笑って答える。
「デリケートなガラスの心のオレら捕まえて退屈しのぎすんじゃねえ、バーカ!」
加藤は顔を突き出すと、涼のモチモチした頬を掴んで左右に思いっきり引っ張った。
「いでででででっ!!いって〜っ!!何すんだよっ!!バカはどっちだ!!」
涼は両頬をさすりながら目に涙を溜めて、噛みつくように叫んだ。
「口の減らねえヤツだなあ、もう。」
(それで励ましてるつもりかよ。つまんねえ気ィ遣いやがって――) 加藤は苦笑した。
「サンキューな、涼。今日はこれで退散するよ。」
微笑む加藤の瞳は限りなくやさしく穏やかだった。
「ねえ……。」
涼は、少し不安げに加藤を見上げた。
「はん?」 「また来て?」
涼の翡翠の瞳が寂しげに曇る。 加藤は胸が締めつけられる思いがした。 (なんだかんだ言って、こいつもまだ子供なんだな。)
「また来るさ!山本とな。」
加藤はニヤリ、と笑うと額に手をかざし、元気に敬礼してみせた。 |